私はババドルのマネージャー
母が施設から戻って来て三週間が経とうとしています。
あの動作確認の後、週三回のデイサービスや訪問看護&訪問リハビリと、アイドル並みのスケジュールとなりました。それを管理する私も大変なのですが、家でのお風呂がなくなっただけでもありがたいです。
母はやっぱり家がいいのかみるみる元気になっていくのは喜ばしいことなのですが、実は私の身体が悲鳴をあげつつあります。
母の部屋にポータブルトイレを設置しているのですが、夜中は移動するのに危ないということで、ベッドのそばに置くことにしました。そして日中はリビングで過ごすことが多いので、ポータブルトイレはリビングからすぐ入った母の部屋の入り口に設置しています。
夜はベッドのそば、朝は入り口付近に私がかかえて移動します。
週三のデイサービスの日は、段差のある玄関に二つの鉄のスロープを設置し、車椅子を置きます。
それで今、かなり私の腰がやばいです。右足にしびれがきています。
母はいずれ、週三のリハビリをいずれ週二、週一にし、自宅でお風呂に入ろうと考えています。お風呂といってもシャワーだけなのですが、はっきりいって無理です。
シャワーだけではなく、そのあとのケアもまた大変なんです。
肩に湿布をはったり、膝に湿布薬を塗ったり、身体に保湿クリームを塗ったり、足の指を歩行器にぶつけるので包帯をまいたり、ドライヤーをかけたり、飲み物を用意したり、私は立ったり座ったりスクワット状態です。
最近、めまいも起こし始めているので怖いです。
先日、チラッとその話が出て母が「もうお風呂場で立つことが出来る」というので、やんわり断りました。これからもデイサービスを利用してほしいと。
たとえ、デイサービスに行く頻度が少なくなっても、朝晩のポータブルトイレの移動はなくならないし、そしてほぼ毎日、仏間のイスに座って母が立ち上がれなくなると、私のいる二階へ「立てないから手伝って」と電話してきます。
寝る時は、そばにペットボトルの水を置いているのですが、それをねぼけてベッドや自分の身体にばらまき、「びしょびしょになった」と丑三つ時に電話してきて起こされるので、年に数回とはいえ、困ったものです。(もう100均で便利グッズを買ったからいいのですが)
お風呂くらい免除してほしい――切なる願いです。
母がなんで家でお風呂がダメなの?って顔をしたので、「私一人では無理だ」と伝えました。どうしても入りたければ、ひとり誰か雇ってほしいと。
不服な顔をしていましたが、最近は自分を守らないと、という気持ちが強くなってきました。
世間はGWですね。GWでも、デイサービスがあるので助かります。
私もまたムリなく明日から戦います。介護も創作も。
今日の切なる思いはここまで
怒涛の動作確認
去年の12月中旬から今年の3月中旬までの約3ヶ月。
母を施設に預けて自宅に帰り、そして先週、実家に戻ってまいりました。
施設へ母を引き取る手続きをしてきたのですが、戻るためには「動作確認」というものがあります。母が三ヶ月前と同じような動作が家でできるかというテストです。
出来ないからといって家に帰れないわけじゃなく、できなければできないでサービスを利用するという相談をしなくてはいけません。(母は不合格だったら帰れないと思っている)
施設にいる三ヶ月の間に、母は腰を痛め、脊柱管狭窄症の診断を受けました。
その時にはほとんど歩けず、これはもう寝たきり一直線かと思いきや、施設の方の手厚いリハビリや介助で歩けるように(もちろん歩行器で、ですが)なったのです。
昔の家の玄関って、高さがあるでしょう?(上がり框のところ)
そこに、一段ほどの階段つきの手すりを設置しているのですが、それでも普段、母の身体をささえながら上がらせていました。
ところがその動作確認のテストでは、二人がかりで支えないと上がれない状態。足がとにかく進まない、いえそれ以前に下駄箱にすがっていてまっすぐ立てないのです。
ようやくあがって歩行器にしがみつき、普通ならそのまま、トイレ、洗面所、お風呂、自分の部屋というふうに動作確認をする予定だったのですが、まず休憩といってリビングにまっしぐら。イスにすわってぐったりです。
まだ全然動作確認が終わってないのに「はい、もう施設に戻りましょう」という始末。
施設の方やケアマネさんに、「疲れているところ悪いんだけど、もうちょっと見せて」といわれて、母はお風呂場へ向かいました。
私が一番確認したかったところはここです。浴室のイスには座れましたが、座るだけではだめです。湯船につかることはないものの、石鹸で身体を洗ったり、シャワーでゆすいだりするのに、最低二回は立ってもらわなくてはいけません。
そこで私はいつものように手すりをつかんで立ってとお願いしましたが、本人は「大丈夫」というだけで立ちません。ここを確認させてもらわないと、お風呂の介助はできなよと脅すと、しぶしぶ母は手すりをつかみます。けれどやっぱり立つことはできなかったのです。後ろからリハビリさんがズボンを持ち上げてやっと立ち上がることができました。
これを私一人でやるのは無理です。だってまず、裸です。ズボンを引っ張れない。母のお肉をつかんで持ち上げる方法しかありません。それを左手でやって、右手にもったシャワーで身体を洗うなんて、不可能ではないかもしれないけれど、事故の元です。
とにかく母はいつも想像で物をいいます。ポジティブなのはいいけど、なんでも家に帰れば出来ると思い込んでいます。
脊柱管狭窄症になって歩けなくなったと施設から電話がかかってきた時も「家に帰れば歩ける。だから一ヶ月早く帰ってきてくれ」といわれました。もちろんスルーしましたけど。
とにかくこのお風呂の動作確認を、自分自身確認してほしかったのです。
施設の方とケアマネさんと会議をしました。母はくたびれてイスから転げ落ちそうだったので、私がずっととなりで支えていました。
私はすかさず、母にいいました。計三回(洗う時、ゆすぐ時、下着をはかせる時)立ち上がれないと、お風呂は無理だと。なのでデイサービスに週3は通ってほしいと。
黙り込む母。すると施設の方がフォローしてくださいました。
「お風呂はもちろん、リハビリも、そしてお昼ご飯も出ますからね」と。
母はぐったりした顔で「わかりました……行きます」。
心底ほっとしました。そして、また施設の方が「ではケアマネさんにスケジュールを組んでもらいましょう。曜日が決まったら、朝八時半にお迎えに上がって、四時にはお送りしますからね」といったとたん、今までぐったりしてた母が飛び上がって、「えええええええええっ!」と、叫びました。
おうち大好きな母にとっては、学校並みの時間割でびっくりしたのでしょう。
まだ退所の日は決まっていませんが、さあ、どうなることやら。
今日の動作確認はここまで。
あっというまの2月
と思ったら、もう3月だあ~~!
早いよ早すぎるよ。
長女の結婚式は無事終わりまして、それからずーーーーーっと断捨離しておりました。
自宅は主人の実家なのですけど、義母は施設に入っていて普段は主人一人。
まあ、料理、洗濯、掃除は一通りできる人ですが、やっぱちょこちょこ片づけるのは苦手なのようで、私がこの度一年ぶりに帰ってきたら、まあえらいことになっていました。
でも主人ばかりの問題ではなく、義母がすっごい物持ちで。
まあよく言えば物を大事にする、悪く言えば捨てられないというわけです。
若い時は呉服屋さんに勤めてバリバリ働いてたので、着物も洋服もすっごいんです。
缶も箱も取っておくのが大好きみたいで、クローゼットや押し入れはパンパン。
2年前、主人と私の荷物を入れる時、ほんと収納できなくて困っていたら、義母が「だいたいあんたたち、荷物が多いのよ!」といわれたので、あたしゃ思わず口応えをしてしまいました。
「ゆっとくけど、おばあちゃんの荷物が多いんだよ。だってみてごらん、1階と2階の押し入れも、そして3階のクローゼット4分の3はおばあちゃんの物だよ。あたしたち2人の物は、4分の1だけだよ! どこが多いの?」
すると義母が目を泳がして「ぷーーーーっ」と吹き出しました。ああ、そうかって。
だからといって、断捨離するわけでもなく。
義母が施設に入っていて、全部レンタルシステムとはいえ、洋服を勝手に処分するのもなあと思っていたのですが、やっぱり収納できないと物があふれますよね。
そのせいで、1階の客間と2階の和室、3階の奥の洋室が倉庫化してしまっていて、もし「家、ついて行ってイイですか?」に遭遇したらとても見せられたものではありません。
なので思い切って主人に相談しました。「申し訳ないけど、義母の物を断捨離させてもらえないだろうか。私も動けるうちに動きたい」
もし実母にもしものことがあったら、実家の片づけを整理しなきゃいけないのもこの私なのです。(二年前、介護するために実家に住んだら亡き祖父母が使っていた大きなテーブルが三卓、どえらい数の食器が倉庫の中に入っていて、孫の私が全部片づけました)
とにかく娘たちに迷惑をかけたくない、とも。
そういうと主人は「逆にお願いするよ」といってくれました。「俺じゃ、片づけられない」と。多分、捨て方がわからないというのではなく、思い出があって処分しづらいということなのでしょう。
ところが、義母の洋服は本当に予想をはるかに超えていました。
まず下着がすごい。ミカン箱7箱くらいはありました。
洋服はなんとなんと、夏服は20枚、冬服10枚単位で紐で縛ってひとつにしたものが約150個くらいになりました。タオルやバスタオル類も使用済みのものがあって、これもダンボール3箱分。
それでも全部捨てたわけではありません。
あと足袋がミカン箱ひとつくらい。さすがに着物には手をつけていません。
ゴミ置き場に出すのも、主人には手伝ってとはいいませんでした。それでも会社に行く時にそのそばを通るので、積み上げられた義母の洋服たちを横目に心を痛めていたかもしれません。
資源は週一度の収集なのですが、清掃車の方には迷惑がかかるので、数回にわけて出しました。引越し? と思われているのかもしれませんが、ご近所には死亡説が飛び交っているかも……(;'∀')
ほんとに悪い嫁だわ……。
粗大ごみも出す予定で、そのおかげで、むき出しでポールハンガーにかかってた主人の洋服も、扇風機やストーブ、掃除機なども全部クローゼットに収納できました。
1階の客間はまだ倉庫化してますが、3階の奥の洋室はすっかりきれいになり、寝泊りできるようになりました。
でもなあ~。まだ食器がすごいんだよなあ。
まあこれくらいにしといたるわって感じにしないと、私はあと半月したらまた実家に戻らなけれななりません。体力を温存しないとね。
今日までの断捨離はここまで
おっそいご挨拶
あけましておめでとうございます!
めちゃくちゃ遅いご挨拶で申し訳ありません。
年末というか、無事に自宅に戻れたのはいいのですがインフルエンザにかかりまして。
んもう~寝込んでる場合じゃないんだよ、とブチブチ文句言いながら布団にもぐっておりましたが、これが母と一緒だったらと思ったら、「ありがとう!ありがとう!ご先祖さま!」と、手を合わせたくなりました。
自宅には看病してくれる夫がいます。娘も電車で30分のところからかけつけてくれて、「がんばれー」と旗をふって応援してくれます。
けど、母を介護しながらだとそういうわけにはいきません。
いくら母は感染していなくても、感染の疑いがあるかもということで、ヘルパーさんをたのんでも来てはくれないでしょう。
「私の事は心配しないで。だから絶対ひとりでなにもかもやろうとしないでよ」といっても、母はきっと「これくらいなら」と動くでしょう。そしてコケる。骨折。救急車騒ぎ。病院から、「娘さんがインフルなら、あなたの御主人や娘さんに来てもらって病院の手続きや入院の持ち物を持ってくるようにいってください」となるでしょう。
義母も入院中です。仕事のある主人や娘たちが4時間半もかけてこれるわけもなく――。
そんなことを想像したら、ああ、自宅にもどってからインフルになってよかったとつくづく思うのでした。
感染するくらい、免疫力が落ちていたのかもしれません。
母を施設に預けられることになっても、不安でいっぱいでした。母や私が病気になったら入所できません。また、施設自体がインフルエンザやコロナで蔓延してしまっても、入れません。今回は娘の結婚式のこともあるし、どうしても帰らねばならなかったので、そのストレスで、夜はほとんど食事をしていませんでした。
今思えば朝も昼もお腹はすいていなかったけど、母が心配すると思って一緒にたべていました。夜だけは、「あとで食べる」と言い訳が出来たのです。
本当に感謝な締めの一年でした。
さて、1月は楽しいことがいっぱい。
ここぞとばかりに、たくさんの作家さんとランチです。
私の誕生月でもあります。
今年もどうぞよろしくお願い致します!
今日のご挨拶はここまで。
自宅へ帰りまーす
先月、10日にはお部屋が空くと施設の方から連絡がありました。
母を預かってもらえることになって、ほっとしています。
3ヶ月、しばしのお別れです。
母は嫌がってますけどね、BSの時代劇が観られないからwww
でもしょうがないですよね。私にもやらなきゃいけないこともあるのでねえ。
さらに、ちょうど一週間前に施設に入所していた義母が転んでしまって大腿骨骨折!
手術は成功して、入院しています。
去年もそうでした。転んで頭打って硬膜下血腫になり、手術しました。
この時は、義母のために自宅へ帰ったのですが、今回も同じような感じに。
リハビリして歩けるようになるといいんですけどねえ。
12月は義母のお見舞いや(多分二日に一回洗濯物を取りに行くことになるのかな)、自宅の大掃除(年末だからとかじゃなく)で、忙しくなりそう。
いつ更新できるかわからないので、年末のご挨拶を!
皆様、今年は大変お世話になりました。とーーってもブラボーな一年でした。
来年もまた頑張ります!
良いお年を!!!!!
今年のご挨拶はここまで。
文房具で酔うとは
小さいころは、車に乗ると必ず酔って吐いていました。
なのに車に乗って音楽をかけるのが好き。
まだカセットも内蔵されていないころですよ、窓を開け、ラジカセを乗せて大音量。
どんな懐メロなんだと思うでしょ?
なんと「太陽にほえろ!」のテーマです(笑)
特に高速に乗る瞬間、ジーパン刑事のテーマをかけたりなんかして。
気分はノリノリ、でも結局酔って吐いちゃうんです。
車の免許を取ると、自分で運転する分にはいいんですが、乗せてもらうともうダメ。
でもね、酔わなくなる方法をみつけたんです。
それは助手席に乗りながらも、エア運転をすること。
エアハンドルを握り、エアギアを握り、エアクラッチからエアアクセルをつなぎ、リアルな運転をするとほんとに酔わないんです。
それから年を重ね、エア運転をしなくても酔わなくなりました。(完全ではないけどね)
ところが先日、セロテープがなくなったので100均に立ち寄ったんです。
家に帰ってそれを取り出すと、なんか一瞬むわっと空気がよどんだのがわかったんです。しばらくすると、「うわ……気持ちわる」。
すぐ引き出しの中にしまうと、少しは空気がやわらかくなったような感じ。
トイレに行こうと部屋から出て、戻ってくると、セロテープの匂いが充満しているのがわかりました。窓を開けて換気しましたけどね。(最初からやれ)
ほんとに、こんな強烈なセロテープははじめてでした。
ワインで少し酔ったので、今日はここまで
知らん、ちゃうねん
どんだけ更新してないんだ、私。
忙しいのではなく、勝手に忙しくしているだけなのですが。
あ、そうそう。来月中旬くらいから約三ヵ月間、母を施設に預けてちょっくら自宅に戻ろうと思っています。娘の結婚式、自分の検診、保険関係、確定申告などなどです。あと、行きたいところが山ほどある、って感じでしょうか。
とにかく洋服を買いたい! 今私が住んでいる町は、大きなスーパーはたくさんあるのですが、洋服屋さんがないんですよ。そりゃ、電車やバスに乗れば、ありますよ。しまむらさんも、ユニクロさんも。けど、せっぱつまってるわけではないですしねえ。え? 通販? いえいえ、Tシャツや靴下こそちゃんと見てさわって買いたいのです。
そういえば、母の衣替えをしたときに、「あ、これ、何年か前に買って東京から送ったやつだよね」といったら「知らん」と。
「お母さんがこういうのがほしいっていうから、めっちゃ歩き回ってみつけたじゃん」
「知らん」
「あ、この洋服もだよ」
「知らん」
「あ、この紺は名古屋から送った洋服だよ」
「それは、商品券を私があげて買ってくれたやつよ」と、母。
それは覚えとるんかい。
先日、母は87歳になったのだけど、食べたことも覚えていないこと多いです。
「このチョコ、去年も食べたよね」「知らん」
「このアイスクリーム、去年も買って食べたよね」「知らん」
マジか。
ところが、ニュースで楳図かずおさんの悲報が流れた時、母は「この人知ってる」というのです。まあ有名だし「怖いマンガを描く人でしょ?」っていうのかと思ったら――。
突然、指をまげて叫びました。「グワシっっ!!!!!」
思い出し方、エグいねんっ。
今日の思い出したことは、ここまで